自民党改憲案考

明治憲法の起草者には、時代や君主制守旧派の抵抗、彼ら自身の武士階級という出自といった制約の中で、欧米列強にも引けを取らない世界の先端をいく水準の憲法を提示しよう(それは背伸びであったかもしれないし、不平等条約改正をにらんでのパフォーマンスという面ももちろんあるだろう。だからこそ、その後山県有朋などによっていくつもの抜け穴が開けられた)という気概があったことは認めなければならないだろう。だからこそ、欧米諸国の「まだ早すぎるのでは」という危惧に逆らい、範を取ったプロイセン憲法よりも君主権をむしろ弱め(=立憲主義の色彩を強め)、あまり知られていないが大臣の副署が伴わない天皇の勅令を無効とする規定を入れたのだ。また伊藤博文じしん、立憲政治を自ら(官民一致の方向でだが)実践すべく政友会を組織している。その継承政党である自民党改憲グループに、21世紀の世界に堂々と開陳できる最高水準の憲法を作ろう、という気概は果たしてあるだろうか;

 明治憲法が制定される際、枢密院議長の伊藤博文と文相の森有礼(ありのり)の間で論争があった。草案にある臣民の「権利」を「分際(責任)」と改めるべきだとの修正案に伊藤は「そもそも憲法創設するの精神は、第一君権を制限し、第二臣民の権利を保護するにあり」と反論した▼臣民の責任を列挙するなら制定の必要はない。主権者である天皇の権力を制限し、国民の権利を守ることが憲法創設の精神であると明言したのだ▼憲法の役割は、国家権力に歯止めをかけることである、という立憲主義の精神を、明治憲法の起草者が正確に理解していたことは新鮮な驚きだった▼衆院選で圧勝した自民党安倍晋三総裁は、改憲の手続きを定めた憲法九六条を日本維新の会などと連携して見直す考えだ。強い反対が予想される九条を後回しにして発議の条件である「三分の二条項」から手をつける戦術のようだ▼自民党がかねて主張してきた九六条改正案を、憲法学者小林節慶応大教授は「何をするか分からないのに危険なピストルを渡せるだろうか?」と自著『「憲法」改正と改悪』で批判しているが同感だ▼国防軍ばかりが注目された自民党憲法改正草案は、基本的人権を守る姿勢が大きく後退し、憲法が国家権力を縛る道具であることをまるで理解していないと思わせる条文が並ぶ。明治時代に戻って勉強し直してほしい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2012122002000120.html