CD評「バベットの晩餐会」

残念ながら日本語版は現在品切れの上に稀少、入手可能なのは英語版DVDだけだが、それでもやはりお薦めしたい一本。

原作は、20世紀最高のストーリーテラーとも讃えられるアイザック・ディネーセン(カレン・ブリクセン)の短編。同じデンマーク人のガブリエル・アクセルが、それをみごとに映画化/映像化している。

だいたい小説の映画化は難しいと思う。原作のストーリーを追いかけるあまり、内容説明を盛り込みすぎる危険があるからだ。

ところがこの映画は、ディネーセン作品の特色である、つづれ織りのように重なるストーリーや伏線、心理描写を余さず捉えながら、それらがセリフよりもごく自然に映像として表現され、そのうえ圧巻の晩餐会シーンのように、小説にはない映画の視覚的効果を活かし切っている。もちろん原作も優れた作品なので、両方を観て読むと相乗効果さえ楽しめるだろう。

レビューを書くに当たり、監督のガブリエル・アクセルについてネットで調べてみた。この人は1918年生まれ、意外にも「バベット」以前には、どうみてもB級っぽいポルノばかり撮っていて、これを手がけたのはやっと1987年、つまり69歳になってからなのだ。

しかしこのことを知って、作品が素晴らしい理由を少し理解できた気がした。

原作者ディネーセンもアフリカでの農場経営に失敗、恋人も飛行機事故で失い(この辺は代表作「アフリカの日々」とその映画化「愛と悲しみの果て」に詳しい)、身ひとつで帰ってきたデンマークで作家としての遅いスタートをを切ったときは52歳だった。

また映画の主人公バベットも、パリで一流レストランのシェフとして名声を博しながら、革命と内戦から命からがら逃れ無一文でデンマークにたどり着いた、いわば原作者の分身である。

おそらく監督は、この二人に自分自身を見たのだろう。年老いるまで、ほんとうに自分の撮りたい作品を見出し、作る機会に恵まれなかった自分を。その深い共感があったからこそ、これだけみごとに原作と一体化できたのだと思う。これはおそらく、一世一代と呼ぶべき作品なのだ。「ほんとうの情熱は、傑作と同じくらい稀である」(バルザック)。


「世界には、芸術家たちのたったひとつの叫び声が響き渡っている。『真の最高傑作を作る機会を与えてくれ』という叫びが」

このラストシーンのバベットのセリフは、この作品をめぐる3人の叫びでもある。いや、ほんとうは4人なのだが、ここでシャーラザッドのように止めておく。