スゴいぞ山県さん、明治政府のナンバーワン

 明治日本のリーダーって?

 中学の歴史教科書にはなぜか出てこないけど、いちばんの権力者は、なんといっても山県有朋(やまがたありとも)さんだっ!

 山県さんは長州藩生まれで身分は卒(そつ)、武士の下で働く付き人身分!だから小さいときは、武士の子どもたちにいじめ抜かれた!そのとき権力へのビッグな欲望と、それでいて目立たないように動き回る用心深さが身に付いた!

 長州藩が幕府とのはじめの戦争(第一次長州戦争)に負けたあと、幕府にしたがうか、それとも戦い続けるかで藩は分裂、内戦がはじまった。山県さんは、幕府と戦いたい高杉晋作(たかすぎしんさく)の率いる奇兵隊(きへいたい)の指揮官。でも自分たちの側がはっきり優勢になるまで、どっちにつくか言わないで出動しなかった!また「あす死ぬかもしれない命だから惜しくない」と、ほかの隊員がフグ鍋を囲んでいるときも山県さんは一人でタイをつついていた!慎重さはリーダーの条件だ。

 奇兵隊の活躍で長州藩が2度目の戦争(第二次長州戦争)で幕府に勝ったあとは、追いつめられる前に徳川幕府が権力を朝廷に返し(大政奉還)、そこへ徳川家に生き残られては困る薩摩・長州藩・公家のクーデター(王政復古)、戊辰(ぼしん)戦争と教科書でおなじみのコース。そして幕府側が負け明治維新がはじまるまで、長州軍のトップは軍事の天才・大村益次郎(おおむらますじろう)。しかし明治3年に暗殺されてしまう。ナンバー2の山県さん、出番だ!
 しかし、ここで困った事件が起こる。山県さんが陸軍のお金を個人的に貸していた(公私混同は力の証しだ!)友だちで、元長州藩士の商人、山城屋さんが商売に失敗して借金を返せなくなってしまう。その額は国家予算の1%。しかもその損を取り返そうと、山県さんはまたお金を貸してあげた。友情って美しい!ところがそのお金で山城屋さんはパリへ行って遊び回るだけ!それが政府にもバレ、捜査が始まった。山県さん危うし!そこで山城屋さんを呼び戻し、証拠書類を焼き捨てさせた上で切腹を強制!自分の地位と権力のために手段を選ばない山県さんってクール!
 そのうえ捜査の中心だった司法卿(いまの法務大臣)の江藤新平(えとうしんぺい)も、陸軍をひいきする政府にキレて辞任!これで山県さんは初代の陸軍卿(陸軍大臣)になれた。ヒーローには、いつも幸運の女神が微笑むんだ!

 どうじに明治政府は分裂して板垣退助(いたがきたいすけ)らが去り、やがて佐賀の乱江藤新平が刑死、西南戦争西郷隆盛(さいごうたかもり)が戦死、その間に木戸孝允(きどたかよし)が病死、戦争後すぐ大久保利通(おおくぼとしみち)が暗殺され、維新のリーダーはほぼ全滅。かわりにその下働きだった山県さんと伊藤博文(いとうひろぶみ)のポジションはぐんぐん上がり、残った大隈重信(おおくましげのぶ)も政府から追放して、明治政府はこの長州出身者ふたりのものになる。いいぞ山県さん!

 でも、ふたりは性格も考え方も大ちがい!伊藤博文はイギリスやドイツのような憲法と議会による政治をめざしたけど、山県さんは憲法とか議会とか政党とか民主主義が大大大キライ!天皇を神様みたいにあがめ立ててそのかげでやりたい放題することや、陸軍や官僚を飼いならすのが大大大好き!そこで自由民権運動は容赦なく弾圧、新聞社には紙の配給を制限してイヤな記事を書いたら即出版停止!総理大臣になっても議会は無視して軍に予算をつぎ込み、市町村や郡は、政府の言うことを聞くお金持ちだけが議員になれるしくみに変えた!万が一政党政治家が大臣になっても政府を動かせないように、政府の役人には東大などを出て試験を通った人しかなれない法律もつくった!
 伊藤博文明治憲法をつくって議会制度を定め、天皇は大臣のサインがないと政治を行なえないようにしたけど、山県さんは抜け穴づくりを忘れない!陸海軍大臣には現役の軍人しかなれない法律をつくったから、陸軍の子分たちに大臣を辞退させ、内閣も自由につぶせる!そのうえ軍には参謀本部(さんぼうほんぶ)をおき、政府とも関係なく天皇に直接意見したり脅迫して、戦争を始められるようにした。これでいくらでも独走できる(その後じっさいに暴走したのが満州事変や日中戦争、そしてアジア太平洋戦争)!軍人には「上官の命令は天皇の命令」という軍人勅諭(ぐんじんちょくゆ)をつくって逆らえないようにした。そして、子どもも教師も政府におとなしく従うよう、教育勅語(きょういくちょくご)もつくらせた。山県さん完璧だ!

 ライバルの伊藤博文はオープンな性格でスター性もあり、明治天皇にも受けがいい。慎重だけどヤル気満々(陰険なんて言うな!)が魅力の山県さんガンバレ!伊藤が政治を議会中心に移そうと自分の政党、立憲政友会(りっけんせいゆうかい)をつくると、山県さんは天皇に頼んでじゃまな伊藤を枢密院(すうみついん)議長にし、政党で活動できなくした。また、伊藤がロシアへ戦争をさけるための交渉に行ってるスキに日英同盟の話を進め、イギリスと対立するロシアを刺激して日露戦争に持ち込む。また、伊藤を韓国統監(とうかん)にして、日本から追い出すことにも成功。これで韓国の人びとの恨みを買い伊藤は暗殺される。

 ついに山県さんが明治政府の王様だ!総理大臣も自分ひとりで決め、病気の明治天皇が議会で居眠りすると床を叩いて起こすくらいだから王様以上だ!そのうえ85歳と明治政府のリーダーではダントツの長生き、健康ってすばらしい!「お父さんを見習いなさい」とかイヤミを言いすぎて大正天皇にも嫌われまくったけど、山県さんは落ち込まない。その皇太子(のちの昭和天皇)の結婚にも口をはさんで中止させようとし、右翼や新聞からは総攻撃!第一次大戦中は、将来ロシア中心の外交を考えていたのにロシア革命が起きて当てが外れ、原敬(はらたかし)の政党内閣に後を頼んで山県さんは政府を去る。でも「失脚した」なんて言うんじゃないぞ!
 死後、山県さんは国葬になったけど、民間人がほとんど姿を見せない、なんとも寂しいお葬式、ジャーナリストの石橋湛山(いしばしたんざん)にはその「死もまた社会奉仕」とまで言われた!ビッグな人は悪評もビッグだ!

 すごいなぁ山県さん、やっぱ黒幕ってカッコいい。教科書にも載せたら、授業がもっと面白くなるのに。でも面白すぎて「明治政府が近代国家とか立憲政治って嘘じゃん」と思う人もいるかもだし、山県さんがつくった官僚政治や中央集権のしくみは今でもちゃんと生きてるから、歴史に書き込むにはまだ早すぎるのかもね。(了)

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*中学生以上向けの、日本近現代史の読み物として書いたもの。